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No.004

マンハッタン紀行

96/07/25
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話が昔に戻って行く。今日の話に出てくるホテルの一室は、我らゴキブリの生活にぴったりのイメージであり、懐かしさも感じる。ゆっくりと話を聞くことにしよう。

ニューヨークはマンハッタンに出張することになった時のことだ。このとき、直属の上司は私が出張することに反対でね。でも、その上の上司が、「いいから行って来て呉れ」と云うんで反対を押し切って出掛けることにした。
直属の上司は、「今頃決めてもホテルなんかないよ。花嫁街の路上で寝るんだね」と云うので、ではそうしましょうと云って出発した。

マンハッタンに詳しい方は「あゝ、あそこか」と思うほどの名所でね。ウェデングドレスのショーウインドウが連なる街頭に、ホームレスがそれと同じくらい連なって寝ている場所で、正に壮観なんだ。本当にそこで寝ようと思ったわけではないんだが、一種の意地だったと思う。

さて、ケネディ空港に着いて、タクシーの運転手に目的のホテルの名前を告げたが、全然知らないというんだ。
兎に角その番地まで行ってみようということになり、タクシーは一路、ダウンタウンを目指した。
案の定、ホテルが見つからずタクシーは町中をぐるぐると廻る。
実は、そのホテルはny在住の友人が取って呉れたものなんだが、ようやっと運転手が探し出した建物を見て驚いた。その時は、今にも壊れそうなお化け屋敷に思えたんだね。

意を決してカウンターに向かうと、そこには机の上に長い足を二本乗せた女性が座っている。恐る恐る「予約をしてあるんだが」と云うと、振り向きもせず70ドル置いて行け、といっている。
「いや、私は10日間予約したんだ」といったら、「70ドル!」と怒鳴られる始末だ。

当時、ご存知のヒルトン、シェラトンなどの一流ホテルは一泊80ドル程度だから10日で70ドルは理解出来ないのも無理はないよね。
この近辺はセントラルパークの南東端のレキシントンアベニュウにあり、危険なエリアの多いマンハッタン、それもハーレムからそんなに遠くない場所なので流石に凄いところを取ったものだ、と一時は友人を恨む気になったよ。

レキシントンは知る人ぞ知る娼婦街なんだ。ホテルの廻りにはその筋の女性が大勢たむろしていて、外に出ると何処までも連れだって歩く。
この女性達と会話をしながら英会話を覚えた。という大企業の人間も居たっけ。
暫く経ってから判ったことだが、その反面、治安の面ではエアポケットのような比較的安全な場所だったらしい。友人は安全を第一に考えて探して呉れたんだねきっと。

話をホテルに戻そう。70ドルを払ったあと、勿論案内のボーイなど居ない。探し当てて部屋に入ってまた驚いた。
何と表現したらよいのかなあ、狭い部屋に裸電球が一つ、埃だらけのソファがあるだけ、電話機は半分壊れていて中身が見えている。
たった一つある上下の窓が開いたままになっている。閉めようと思ったがテコでも動かないんだ。覗いて見るとそこはビルとビルの合間の奈落になっている。これで充分に落ち込んで居たんだが、その次に又恐怖が待っていたんだよ。

とにかく、ロッカーに持ち物を入れて、と思ってハンガーに背広を掛け、パタンとドアを閉めた。だが、あとは押せども引けども全くドアが動かない。あわてて近くを通りかかった重量級の黒人のメードに助けを求めたら、来るは来るは、5~6人の黒い人が部屋の中に入って来た。

そのうちの一人が持ち切れないほどの鍵の束を持っている。そして云うことには「もし、この中の鍵で空かなければビルを壊さなければならないよ」一つ一つ、鍵を確かめるのをみんなが固唾を呑んで見守っている。
半分ぐらい来ただろうか、カチっという音がしてドアが開いた。
同時に全員が歓声を上げて「お前はhappyな男だ」と頭を叩いて祝福して呉れた。
嘘の様な本当の話とはこのことだと思ったね。
一難去ったとは云え、危機感には変わりない。そこで、壁に紙を貼り、「もし私が居なくなったら、此処へ電話をして下さい」と書いて置いたんだ。もう、あとは野となれ、という感じだった。
でも、人間は不思議なものだね。2~3日経つうちに、何となく馴染んで来てね。

ドアの外の壁に、よくルンペン(古いかな)が座って酒をラッパ呑みして居たんだが,そのうち彼と仲良くなって、床に座って同じボトルをまわし呑みしながら話合う様になった。
流石にマンハッタンをねぐらに浮浪者をやっているだけに、何処の地域、場所は危ない、こんなことはしてはならぬとアル中の廻らぬ舌で色々なことを教えて呉れた。

一週間も経ったかな、ヒルトンホテルに泊まっていたらしい直属の上司がこのホテルに訪ねて来た。
「なんという処に泊まっているのかね!電話を掛ければガチャッと切ってしまうし、心配して来たんだが」という。
「花嫁街の道路より良いですよ」とは流石に云わなかったと思うが、直ぐに此処を出てくれ、というので居心地がいいんで動きたくないと頑張った。

何と云っても上司の責任の問題になる。最後の2~3日は他に移って義理を立てたがね。その後その人は私の海外出張に反対しなくなったよ。

マンハッタンの繁華街は不思議に懐かしい。ブロードウェイを歩いていると向こうから、ラリった男が来る。そんな時は大通りを越えて反対側を歩く。
きらびやかな店の側をウインドウショッピングなどと洒落ていると、30cm程のビルとビルの合間から手が伸びて引きずり込まれる。
其処に引き込まれたが最後、殺されても判るまい。と教えられて、歩道は真ん中を歩く。

ある時ゴミを漁っていた黒い大男の顔を見たとたん、彼は大声を上げて追いかけてきた。
懸命に逃げたね。何で追いかけれたのか、未だに解らないんだが。そんなわけで、散策するときは、作業着か何か汚いものを着てネクタイを外して頭をボサボサにして歩いた。

丁度この頃のことだ。ある大手企業の幹部、といっても部長級らしいんだが、ヒルトンホテルに泊まっていた。恐らくは夜だと思うんだが女の声と一緒にノックが聞こえたので、何の気なしにドアを開けたらしい。マンハッタンでは信じられないほど、不用心な行為だよね。
案の定、うしろにはピストルを持った男がいてホールドアップ。
パンツ一枚残して、何から何まで、勿論パスポートも持って行かれたという。
云うならば「命あっての物種」というもんだよ。
でも、会社ではみっともなくて誰にも云えず握り潰した様だ。当たり前だよね。
日本人はどうしても危機管理が足りないんだな。

胸のポケットには10~20ドル紙幣を入れておけ、エレベータのまん前に立つな、部屋に入る時は人けの無いのを確かめろ、ノックでドアを開けるな、などはマンハッタンの常識なんだから。
ホールドアップして一銭も持っていなければ顔を見られたんだから殺す。
突然、開いたエレベータの真ん前に人がいれば悪い奴は恐怖のあまり、いきなりぶっ放す、ホテルの廊下は街頭と同じなんだから、後ろからけっとばされて部屋の中に追い込まれたら万事窮す。この位の常識が無くて、マンハッタンをうろうろするんだから日本人は見ていられない、と現地法人の担当者は嘆いていたよ。

実際、マンハッタンから帰るたびに、「よく生きて帰ったな」と思うことが何回かあったね。
(うーん、この話に出てくるホテルは我が輩にとって最も住み心地の良い場所のようだ。危機管理は人間様より我々の方が本能的に進歩しとるんだから、こういう場所なら天国なんだがね。)

ごきぶり日記

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