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No.008

海外出張の「赤ゲット」物語

96/10/01
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広辞苑によれば、赤ゲットという言葉は都会見物の田舎者、おのぼりさん、不慣れな洋行者とある。ケットはブランケットのことである。
例えば、旅行から帰り、得々と海外の話をし、さも悠々と海外を歩いて来たかの様に語るが、実は失敗と恐怖の連続であったという「人に云えない裏話」が「赤ゲットの話」だそうである。
この話は大手企業の駐在者(仮にmさんとしておこう)から聞いて、赤ゲット物語として纏めたものである。以下、mさんの話として聞いて頂きたい。
(ゴキブリより)

k君の話。

k君はある中堅企業の部長である。実は渡米経験は2度目になるが、初回はツアーの旗のもとに団体見物してきた程度なので、海外経験があるとは言い難い。
このk君に2度目のチャンスが巡って来て勇躍、単独で渡米することになった時の話だ。
単独と言っても現地には小生がいる。すべて私を頼っての渡米だから、要は現地に行き着けばよいのだ。
実は私は、この部長の性格をよく知っていたので、始めから何となく嫌な予感を感じていた。

サニーベール。この町は緑の多い、静かな佇まいの洒落た町だ。
此処のヒルトンホテルは、森の中に散在する別荘を思わせる二階建ての感じの良い建物だである。

会社から近いこともあり、このホテルを予約し、当日は仕事を放り出して到着予定の30分前からホテルのロビーで待機していた。
サンフラン空港着のjal1便は日付の戻った当日の朝、8時頃に着く。
空港からフリーウエイ101号を南下し、great america pkwy迄、約40分。
程なく目的のホテルにたどり着く。
従って、フライトに異常が無い限り、到着時間に狂いはない。

時間になると続々と顔見知りの本社、事業部の連中が到着する。
中には「おや、お迎え下さったのですか」と皮肉とも取れる挨拶をして行く人もいる。
ところが、肝心のk君は待てど暮らせど現れない。それから1時間も経っただろうか。そのうちに何で私が、ほかの会社の社員をこうして待たなければいけないのかと腹立たしくなり、どうともなれという気になって、車をとばして会社に帰ってしまった。

帰社後、会議があり、たちどころにk君のことは念頭から消えていた。
会議も白熱しかかって来た頃、忘れていたk君から電話である。
「一体何処にいるんだ。随分待っていたのに」と流石に声を荒げて詰問した。
「今、サンノゼ ヒルトンにいるんです」と、しゃあしゃあとしている。
「ヒルトンホテルがサンノゼとサンタクララにあるなんて知りませんでしたよ」という。

「仕方がない。サンノゼのダウンタウンでは、面倒を見られないので、明日にでもサンタクララ ヒルトンに移る様に」

「分かりました。一人でタクシーで行きますよ」
という様な会話でその日は終わった。

翌日、早々にまた、k君から電話である。
「ホテルをチェックアウト出来ないんです。来て下さい」という。
「出られないとはどういうことだ。何があったの?」と聞いても、要領を得ない。仕方なく、またサンノゼのダウンタウンまで車を飛ばすことにした。

アメリカの主要都市が大体そうであるように、此処も黒い人達が多く住んでいる。
加えて、north first street に路面電車を敷くことになり、工事で町の中はごった返している。
おまけに、一方通行の多い町なので 進んで行く気のしない町であった。

ホテルのロビーでは、k君と係りの黒人女性が睨み合っている。
とにかく、その女性に何か不都合があったのか、と訪ねると大分興奮した口調で「この客がクーポンで昨夜チェックインしたばかりなのに、もうチェックアウトすると云っているらしい。何かホテル側に不都合があったのですか。と聞いているのに、訳の分からないことを云っているんです。
不都合があれば私たちの責任ですから」

もっともな話である。要するに何日間かのクーポン券を渡し、チェックインしたのに、理由も云わず、出るからクーポン券を返せ、では訳を聞いて置かなければ従業員の落ち度になる。

そこで、「実はこの男、サンノゼとサンタクララのヒルトンを間違って入ってしまった。私の仕事上、どうしても会社の近くのサンタクララでないと困るんだ。貴女の責任でも、ホテルが気にくわない訳でもない。
何とかチェックアウトさせてやってほしい」と説得した。

女性は、そういって呉れれば始めから返したのに、とにっこり愛想笑いをしながらクーポン券を返して呉れた。
どうやら、通じない英会話でやりとりしているうちに双方とも、わけが分からぬままに興奮し、いがみ合ったというのが真相のようであった。

数日して、k君は次の目的地、オレゴン州に行くことになった。
「やれやれ、これでお役ご免だ」と思いながらも、「翌朝の飛行機に乗れるかい、現地に行く方法は分かっているのだろうね」
と心配したが、本人は、大丈夫、問題ありませんというので、そのまま別れ、私はホテルに帰った。

翌朝は休日であった。久しぶりにゆっくりと朝寝を楽しんでいると、またもk君から電話である。
「やっぱり不安なんで送って下さい」という。図々しいというか、甘え放題と云うか、それでも人のいい私は、すぐ起きて空港に赴いた。

「飛行機が着いたら、どうやって目的地に行くんだい」と念のため聞いたところ、「いえ、問題ありません。タクシーを捕まえてこれこれの会社と、いいますから」と云う。

これには驚いた。何しろ空港から、ゆうに3時間以上かかる田舎町である。
日本なら、その企業の名前を告げれば、タクシーは間違いなく着けて呉れる。
だが此処はアメリカである。日本の大企業など仕事で関係ある人ならいざ知らず、ほとんどの一般人は、全くといって良いほどに日本の企業名など知らない。
日本にいる感覚そのままに、アメリカを単独旅行するのだから大した度胸だと感心したね。

流石に心配になり、詳細な地図を書き、タクシーの運転手に見せる様に渡したが、後になって、「知らん顔をして一苦労させる方が良かったかな」とも考えたが。

後日、日本に帰った時、その話をその会社の人にしたところ、
「え、そんな話は、おくびにも出しませんよ。一人でアメリカを歩き回った話ばかりでした」といっていた。
つまり、典型的「赤ゲット物語」として本人の胸の奥深く、しまい込まれていたのである。


<ゴキブリ追伸>
k君は明るく、人がよく、皆に好かれる青年だが、反面、一本気で、敵に弱みを見せまいとする向う気の強い男であったようだ。
それだけにmさんは、なんだかんだと貶しながら、でも可愛いらしい。
この文面を読んでいても、愚痴をこぼしながらよく面倒をみており、自分の弟か息子の様な感情が悪口の中に滲み出ている。
誰でも持っている「赤ゲットの話」。だが、本人が隠したがっている時、暴露するのは罪な話である。

ごきぶり日記

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