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No.013

寄らば大樹か

96/11/15
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<ゴキブリの前置き>
これは大企業経験者のdさんの話である。
大企業の卒業生は、そこで受けた諸々の恩恵に感謝し懐かしむタイプと長年勤め上げるうちに、その仕組みに矛盾を感じ別の生き方と考え方を持つに至る人の二通りがあるそうだ。dさんがどちらかなど我が輩の知る余地もない。
こんな考えもあるのか、と思いつゝ聞いている。

* * * 寄らば大樹か ある地方の私立大学の教授で、就職担当の先生が「地元の大企業に入っても本社からの出向者が幹部の地位を占めて、一生うだつが上がらないよ。
夫れよりも、小さくともベンチャー企業で想いのままに活躍したほうが君のためだ。
と云うのだが、学生は、どうしても大企業に行きたがる」 と嘆いておられたのを覚えています。

「寄らば大樹」という考えは日本の土に染みついた、云うならば血液型、dnaなのでしょうか。アメリカの電話会社に、ある製品を採用して貰いたいと、しばしば訪問しましたが、彼らはその会社が、どの程度有名か、どれ程大きいか、など一向に気にしていません。
だから如何にうちの会社が立派な会社か、新製品がどんなに素晴らしいかを宣伝しても全然相手にして呉れないのです。
それは日本の大企業が訪れたことに対する儀礼は十分に尽くします。日本人は、どうしても企業のネオンサインを背景に紙の上で説得出来ると思いこむのですね。
私は此処に日本とアメリカのビシネスに対する根本的な構造の違いをいつも感じていました。

結論は「試作品は持って来たのか、評価出来るのか、それなら試験して上げましょう。良いものなら買いましょう」であり、お宅の会社はどのくらいの大きさで、何人いて、何処の系列で(これは論外)など全く関心がありませんし、「紙に書いた装置」など持って行くと鼻先で笑われます。
確かに、ガレージビシネスのベンチャーが数年で有名企業に成長するには、こうした社会的基盤があってこそ、と感じます。
こうした例を挙げたらきりがありません。

アメリカでしばしば、採用面接に立ち会った時のことです。面接といっても、ご存じの様に、差別に当たる質問、つまり年令、性別、家族構成、などは聞いてはいけないし、相手にも半分の質問の権利があるわけですから、むしろお見合いでしょう。
あるアメリカ人が私に 「なぜ日本人は、この会社は綺麗だろう、福利厚生も良い、給料も高い、などと云う話ばかりするのだろうか。それにアメリカ人は給料の高い所、高い所と転々として移ると見ている様だ。我々技術者は現在の給料は低くてもよい、働く場所が汚くても良い、そんな事より自分の技術力を上げ、スキルを高めて呉れるリーダーが居るかどうかだ。高度な技術力さえ付けば、より良い会社から引き抜きもあり、給料はその結果として付いて来るものだ」 と話していたことを今でも覚えています。如何にも競争社会アメリカらしい意見ですし、そうしないと生き残れない環境なのでしょうね。

バブル崩壊後、急に「これからは個の重視される社会」と云われ出しました。
経済構造が変化し、作れば売れる時代は終わったが、さりとてアメリカのベンチャーの様な独創性は育てておらず、急いで方向転換する必要が生じた訳でしょう。

考えるまでもなく、これは日本とアメリカの社会構造の根本的違いで、お役所がいくら、ベンチャー育成を唱えても、そう簡単でない事は多くの人が知っています。
「寄らば大樹」の大きな大きな根っこは、やはり終身雇用制と年功序列なのでしょう。身の安泰と引き替えに、企業への忠誠心をもって、がむしゃらに働く、これがバブル終焉までの企業戦士の姿でしたね。

でも、これからの世の中は、この企業戦士が再び息を吹き返すなどとは誰も考えていないでしょう。それでも未だ若者が大樹を求めるのは、社会の土壌が変わっていないからですね。

話が大きくなり過ぎました。
一昔前に「新人類」という言葉が流行りましたね。あの頃、私はアメリカにいて失礼ながらアメリカ人と新人類の考え方を比較をして、殆ど違いがないことに気づきました。何を今更、と言われそうですが、これから「新々人類」が技術の世界もアメリカに同化させて行くのかな、と考えています。

アメリカは、そのうちでもシリコンバレーは一攫千金の亡者の集まりとも悪口を云われます。
誰も彼もが一発当てようという気風なのでしょう。この気風が良い意味で日本にも広がっており、多くのベンチャーが活躍しているのは素晴らしいことです。
「個」とは独創性であり、自我であり、夢ではないでしょうか。「寄らば大樹の蔭」とは正反対の、一昔前なら過激派として排斥されたであろう若々しい情熱と野心です。

技術者に取って面白い世の中になったとおもいませんか。

* * * <ゴキブリの読後感> 我が輩はただ冷蔵庫の下から漫然と眺めているだけだが、確かに大企業の人達は遅くまで良く働く。
だが、この人に云わせると、「その企業の枠にはまる様に教育を受け、大きな仕組みの中で、大きな企業の目的というベルトコンベアに乗って走り続ける。
そのうちに自身が大企業そのものになり、絶大な能力を有する錯覚に陥る。そこから外れてみて初めて、大きな力は背後のネオンサインであったと悟る」 となる。
そう云えば、資金繰りに窮して銀行を駆けずり廻ったり、人材が集まらず苦労することも無い様だ。ネオンサインのお陰でこうした経験をしないから、修羅場では潰しが効かなくなるらしい。

ごきぶり日記

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