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No.017

商売の変質

96/12/14
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<ゴキブリの前置き>
yさんが悲憤慷慨している。最近は「何でもあり」のビシネスが増えた。
金融業は元々、人の懐を狙うのが商売だが、企業までが懐狙いを始めた。
とyさんは云う。具体的な例を挙げれば角が立つが、確かにその傾向はある。生きる場が狭まって競争が激しくなり、節操が無くなって来たと云っているが本当だろうか。
いよいよ世知辛い世の中がやってくるのかな。

* * * 最近のビシネスは、会社を定年退職して、なお元気に活躍している人達をターゲットにしているものが増えてきた。
退職金をたんまり貰っただろう、子供は成長して金は掛かるまい。
この年代を狙わない手は無い。其処で、という発想が露骨である。
ビシネスは常に隙間を狙い、新しいチャンスを作り上げて行くものだから、という理屈は如何にも尤もである。だが、商売の節操を無くせばそれは企業ではない。

永年営々と努力し、会社のため、家庭のために自己を犠牲にして尽くして来た企業戦士の虎の子を狙い、あてにするのは、禿鷹のようで如何にも寂しい。
大企業でも例外ではなくなりつつある。尤も会社で払った莫大な金だから、なにがしかでも取り返すのが当然、と云う考えかも知れないが。

問題は理念とビジョンと社会貢献を標榜する企業が何故、これ程までしてこんなところを新マーケットの標的にしなければならないか、である。

結論から云うと第一にマーケットがそれ程、狭隘になって来たということだ。
バブル崩壊という過去にない経験と不況、それに伴い、作れば売れる時代が突然に終わり、消費者の意識が変化し、欲しいものは少なくなった。
必然的に競争は激化して、まごまごしていれば直ぐに自然淘汰されかねない。
従って、ありとあらゆる手を打とうとする。その結果は表向き、錦の御旗を掲げていても、誰が見ても「見栄も外聞も無い」商売となる。

第二にこれまでの終身雇用、年功序列制が独創的発想と頭脳を抑圧してきたこと。
欧米の教育と日本の官僚的詰め込み教育の基本的で、歴史的な差が端的に現れて来たことにある。独創的で創造的な頭脳のビシネスクリエーターは既に海外に流出していると云われている。
その環境が日本には無いからだ。世知辛くなるに従って、あくどい新興宗教がはびこる。金が有りそうならむしり取る商売が闊歩する。
だが、筋の正しい企業ならこの轍を踏まないで欲しいものだ。そもそも商売は社会の為になり多くの人に喜んで貰い、自分も成り立つことが基本である。
「むしり取る」のが商売でないことは誰しも知っている。

個人情報は堂々と売買され何故こんな処から、と思われる人は多い筈だ。
中には「お金、沢山持っておられるでしょう」という営業マンがいる。
「語るに落ちる」とはこのことだ。
恐らく会社の方針、あるいは訓辞で、この層は金を持っている、だから此処を狙えと尻を叩かれ、つい、本音が出るのだと思う。
この例はあくどい会社の話ではない。名の通った立派な企業なのである。

最近は「狙われる方が悪い」という人もいる。だが、つい最近まで世界でも最も安全で、危険の少ない、だから危機管理など何処吹く風の日本人にマンハッタン並みの警戒心を持てというのは酷な話である。
そんな企業ばかりはないということは分かっているが、大なり少なりそんな傾向があることは否めない。

どうせ節操より、人をけ落として戦うのが商売ならアメリカでやった方が割り切れると云う人もいる。規制だらけの社会で不文律のモラルが確立されていない日本ではやりにくくってしようが無い。ということだろう。
日本はどうなるのだろうか。というのは大袈裟だろうか。

* * * <ゴキブリ追伸>
何を怒っているのか難しくってよく分からないが、一日に何回も土足で上がり込んでくる様なセールス、身内と思っていた企業がうまいことを云って結局は自分の商売を露骨にやって来る。そんなことが多すぎるのかも知れない。片っ端から断って相手にしないことなんだが、やはり神経には触れるだろうと思うな。
巷ではあとから、あとから信じられないような悪が捕まっているこの頃だ。

ごきぶり日記

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