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No.024

あの頃のマイアミ

97/02/13
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[マイアミの印象]
マイアミシティに通い初めた頃から、かれこれもう20年近く経つだろうか、サンフランシスコに行くのですらアンカレッジ乗り換えの頃だから、マイアミまで行くのは、さらにデンバーかニューヨークに飛んで乗り換える時代であった。
その頃、勿論仕事の都合ではあったが、毎月のように東京とマイアミ間を往復していた。結果として20数回往復しただろうか、現地のアメリカ人ですら「地球の裏側まで、よくまあ毎月飛んで来るね」と冷やかされたほどである。

いまはもう直行便も飛んでいるそうで、多くの人が通っていることだろう。
マイアミに降り立つと、太陽の光が突然何倍かになったように明るく眩しい。
マングローブの並木を真っ白に走る道路が、染まりそうな青さの海や空の色と対照的に鮮烈な印象を焼き付ける。

あるベンチャー企業のオーナーがこんな話をしていたことを思い出す。
「ガレージビシネスから始めたベンチャー企業が成功し、5~6年経つと大きな転機が来る。つまり、大企業への転換期だ。そんなときになったら会社を良い値段で売り、マイアミに移り住んでゆっくりと暮らす。みんなそれが夢なんだよ」
そういえば、マイアミビーチには有名人や富豪の住宅か軒を連ねている。

マイアミは1515年にスペインによって発見され、以後、三世紀にわたってスペインの植民地であった。1819年、アメリカがこれを買い取ったと云うから歴史はまだ、178年ということになる。
現地のスペイン系アメリカ人の友人、nick zadesは、7割はスペイン人ではないか、半分はスペイン語しか話せないだろうと云っていた。

[ボートピープル]
太平洋とメキシコ湾に突きだしたマイアミ半島の南端、マイアミビーチはリゾートとして有名だ。その浜はずっと南へ、フロリダキーズ群島を経てキーウエストまでのびている。
ここキーウエストからキューバまでは目と鼻の差で約144キロしかない。

ある日、友人のvessが「俺のボートに乗って大西洋に出よう」と云う。
10人乗り程度の中型のボートではあったが、焼け付くような太陽の中、紺碧の大西洋を航海する気分は日本のリゾートでは味わえない豪快な気分であった。
あまりにも楽しみ過ぎたのか、やがて大西洋の太陽は足早に地平線に落ち、とっぷりと日が暮れていった。

どの辺だったのか、nickが「ボートピープルだ!」と叫んだ。
目を凝らしても真黒の大西洋には何も見えない。再びnickが「明かりを消せ!」と怒鳴る。慌ててボート上の明かりを消すうちに、nickはマストにかけ登り、マイクを握り、スペイン語で話かけ始めた。

ご存じの通り、ボートピープルとは難民である。目と鼻の先のキューバから小さな船に乗って密航してくる。中にはピストルやライフルのような銃器を備えている群れもおり、非常に危険だという。
幸いなことに、そんな連中ではないようで、密航中にボートのエンジンが壊れ漂流している、助けを呼んでくれと云っているようだった。
nickが親切に「これから警察に連絡を取る。出来るだけ動かないように」とマイクを通じて大声で話している。

再び真っ暗な大西洋を進むうち、vessが「ちょうどこの当たりは、突然に船が消えるので有名なところだ。いままで何隻も行方不明になったが、未だ一隻も見つかっていない」と脅かす。そういえばそんな話を何かの本で読んだと思いながら生きた心地がしなかったのを思い出す。

[リゾート地とビシネス]
マイアミはリゾート地である。燦々と輝く太陽とおおらかな自然の中で人々はアロハなど思い思いのリゾートスタイルで人生を楽しんでいる。
相当の年輩の夫婦が、助け合いながら何とか歩道を歩いて行く姿は微笑ましい。
そんな中、背広にネクタイをきちっと締め、大きなアタッシュケースを下げ何人かで歩くのは、何とも場違いで寧ろ気恥ずかしさを覚える。
気のせいか、レストランに入ると食事を楽しんでいる人たちが、一斉にこっちを見て「何だあれは?」と云っているように思える。

休日に、よくマイアミビーチに一人で泳ぎにいったが、その都度vessに「日本人が大西洋で溺死」なんてマイアミ新聞に載らないようにね。
と冷やかされた。とにかくマイアミは遊びに行くところのようである。

ごきぶり日記

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