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No.026

悠々自適

97/02/27
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最近、定年を迎えられた、aさんとbさんがこれからの社会について議論している。ご両人は数十年の親友で、aさんは過激派で、bさんは温厚で常識的な人である。
「何だ、お年寄りの話か」という勿れ。日本の経済、社会環境は大きく変わり、これから定年を迎える人は、年金もなくなるかも知れないんだよ。
むしろ、今の若い人の問題かも知れないのだ。(ゴキブリより)

* * * 「これからは悠々自適で、----」と人に云われることがあるけれど、
「悠々自適」という言葉は「俗世を離れ、何ものにも拘束されず、自分の欲する儘に心静かに生活すること」だそうだ。大体、我々が俗世を離れて暮らせる訳が無いよ。
深山に庵(いおり)でも作って、世俗から離れて仙人みたいに暮らす訳ではあるまいに。2~3日そうしていたら淋しくって気が狂うだろうよ。

多分に、「良いご身分で」という皮肉も込めた挨拶だろうから、そこまで気にすることは無いだろうよ。でもね。「良いご身分」であることは確かな様だ。
朝日新聞の記事に「悠々自適の老後に議論」という見出しで、こんなことが載っていたのを見なかったかい?。

「大企業などを定年退職し、高額の年金を受給している人ほど働かない。定年制、年金、特に報酬比例の年金の仕組みが高齢者の労働や社会に取っての人材活用を阻んでいる。」という趣旨で定額年金制への移行、定年制の廃止を提言している。
これは経済企画庁主催の「人材活用の余地」というテーマの討論で、
「慶応大学 清家篤教授らの報告」として纏められているそうだ。


平たく云えば、「定年制があるから年功賃金となり、高くなった賃金に比例して年金を払うから働く意欲をなくすんだ」ということかねぇ?なんだか釈然としないね。

つまり、定年制と年功賃金を無くして、全部、労働裁量制にすれば高額の年金を受け取ることも無く、いつまでも働かざるを得ないだろうから人材活用になるということかい?本当なら恐れ入った話だね。

いずれにしても、将来は終身雇用、年功序列賃金制は崩壊するだろう。
そうなれば定年制は矛盾する。この辺りの構造を議論すると、こういう意見になるということだろうね。
ところで、高額の年金を頂いた「良い身分」の人達が「これからは今までに出来なかった事をやる」とよく聞くね。趣味、家族、ボランティアなどいろいろだ。君はどうするね。

俺は絵を描いたり、盆栽をいじったり、という趣味が無くってね。駄目なんだ、すぐにイライラしてくる。それならいっそのこと何時までもビシネスの世界に首を突っ込んで、何か一波乱をと考えていた方が楽しい。


それに欧米人は働きながら、家庭も趣味も両立させて生活を楽しんでいるよ。
「今まで出来なかった事をやる」というのは、まさに今までは全身全霊を仕事のために捧げ、外の事は何も知らない、何もやらなかったという事の裏返しだ。
ゲームのように楽しみながら仕事をしたいもんだね。

行くところへ行き着いた感じだな。
終身雇用も年功賃金もない、裁量労働制=能力主義となれば、正に欧米社会と同じ生存競争だ。我々は「良いご身分」だが、これからの人は大変だね。

* * * 永年の観察から、日本の会社というものは暖かい家族の様なものだ、という感じを持っていた。泣いても笑っても、酒を飲んで憤ってもそこには何々一家という会社があった。能力主義となれば頼れるものは個人の力のみ。
日本的ファミリーは何処へ行くんだろう。(ゴキブリ後記)

ごきぶり日記

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