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No.032

置き引きの技

97/05/01
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海外旅行に出かけた人がよく、置き引きの被害に遭った話を聞く。
ツアーの添乗員が「貴重品は身につけておいて下さい」「荷物を下に置くときは両足の間に挟んで取られないように注意して下さい」と口を酸っぱくして念を押しているのを見掛ける。それでも、グループに一人ぐらいが置き引きに合うそうである。

恥ずかしながら私も、一度だけ置き引きの被害者になった経験がある。
場所はサンフランシスコ空港。それも、渡米をはじめてから10年ぐらいたった頃だから空港に立ち寄るのは100回目ぐらいではなかったかと思う。いつものように搭乗手続を済ませ、カウンターから5メートルぐらい離れて、足下にアタッシュケースを置く。空港はそれ程混雑していない。
一応、チケットとパスポートを内ポケットにしまい、何の気なしに足下を見る。「無い!」すぐ目の前に置いたアタッシュケースが無いのである。とっさに空港の中、全体を見回すが、広い空港は人がまばらである。

内ポケットに手を入れた時は一瞬、遠くの方を見ていたが確かにほんの数秒であった。その後も、何回も当時の動作とタイミングを思い起こすのだが、あれだけの瞬間にどうしてあれだけの大きさの物を消すことが出来るのか不思議に思っている。アタッシュケースはごく普通のsamsoniteである。新幹線が混雑して座れない時に椅子代わりにしていたのだからそんなに小さくはない。

その妙技に感心しながら、それでもその足で空港警察の詰め所に被害届を出しに立ち寄った。肝心の物は何も入って居らず、まさにどうでも良いがらくたしか入っていなかったので、実はどうでも良かったのだが、何事も初体験と思うのとともに、よくも、この俺をお上りさんにして呉れたという思いがあったのだろう。

サンフラン空港の警察詰所にしてはお粗末な、物置の片隅のようなところには、すでに先客が3~4人待っていた。みんなお仲間らしい。中にはパスポートを始め、全財産を入れたバックを取られたとかで、これからどうやって日本へ帰ったら良いやらと、うなだれている日本人女性もいる。

警官がぞんざいな英語で、全く気のない質問をし、形ばかりの調書を書き、「では、見つかったら知らせるから」というので、その場はおとなしく引き上げた。こんなことは毎日うんざりするほどあるのだろうし、私の申告を聞いて、何だくだらない、と思ったのかも知れない。後日談になるが、全く忘れてしまったある日、警察から見つかったから取りに来いという電話があった。空港まで40分ほどの道のりを車を飛ばして取りにゆくのは面倒と思ったが、警察の好意を無視してはと思い、ありがたく頂いて来た中身にはやはりがらくたが数点残っている程度であった。恐らく泥棒も落胆したことと思う。

欧米ではこんなことは日常茶飯事だから、全て海外の出来事と思っていたところ日本でも空港は同じ環境だということを知ることが起こった。成田空港の第2ターミナルが出来る前、北ウイングのオープンスナック「千」での出来事である。友人と2人で香港行きの便を待つ間、ちょっと一杯ということになり、「千」の椅子に腰掛けた。ご存じのようにとまり木が高い。我々ではパイプに足をかけてよじ登ることになる。勿論、荷物置き場などない。だから必然的に足下に置かざるを得ない。座って下を見ると荷物が遥か彼方にあるように見える。

飲みながら、話しながら何回も荷物を確かめる。さて搭乗、という談になり、おりて見ると友人の荷物が無い。普通人間はそばを通る人の気配を察するものである。何回も気にして注意していたし、その気配も感じなかったことから、やはり神業だと感心した。幸いパスポートだけは背広の内ポケットに入れてあったので結局、その友人は被害届をせず搭乗し、私の財布を頼りに手ぶら旅行をすることになった。

返りは箱崎からバスに乗る。バス待ちの長い行列の帰国者はみんなお土産を一杯抱えている。そのうち誰かが騒ぎ出した。貴重品を入れた袋が無いといっている。日本にたどり着き、ほっとした気持ちのゆるみをねらう手口だそうである。それにしても見事なものだ、と変な感心をさせられる。もう随分前の話だからいまではもっとエスカレートしていることだろう。それともこんな名人技ではなくなり、荒っぽくなっているのかも知れない。

ごきぶり日記

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