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No.040

続、一人よがりの川柳

97/07/07
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相当に旧聞なのですが、日経新聞3月8日付「2020年からの警鐘」に「美学の経営」と題して特設記事が出ていましたね。この記事の云わんとするところは、国際競争力を失いつつある日本の企業が、依然として終身雇用をベースとする企業ファミリーの保全から抜けきれず、資本の原理よりも利益を超えて社会的使命を標榜し、重視する姿を指して、「日本的美学」と揶揄(やゆ)しているようですね。

  「国のため 人のためよと 身を守り」---ということですかね。

  「経営の 美学や遅し 一里塚」------にならなければ良いですが。

企業は利潤を上げて社会に還元することが使命だろうから利益を度外視して美学を謳いあげている訳ではないだろうがね。ただ永い歴史の中で培われた日本的経営に固執している時代ではないのに、経営リーダーの発想が変わらないということに対して問題を投げかけているのだろう。

日本を代表する企業の体質を云々するのは我々の分ではないんだが、日本的経営の底力は、それを支えている無数の中小企業にあると云われて来たね。
経営の美学と、この大切な中小企業を生かし伸ばすこと、とどう関係するのかねぇ。そう言うとそれはそれといわれそうだが、多くの会社は、

 「糞食らえ 明日のめしや 如何せん」---という気持ちじゃないか?

中小企業というと語弊があるかも知れませんよ。企業の大小ではなくて、大企業系列としての下請け企業の問題と云うべきでしょう。国際競争力の重圧は嫌でも下請け企業にしわ寄せが来る。

その通りだね。下請け企業にとって親企業は監督官庁以上の存在だ。飯の種を全部依存していれば、親企業は下請けの生殺与奪の権を握っている。
テレビでよく、脱下請けのために持っている技術を独自に工夫し、新分野を開くために頑張っている会社を紹介しているね。事実そういう会社は多いだろう。

でもね、「下請け」という英訳はsub contractorだが、これでは全く説明になっていない。日本独特のシステムだから訳しようが無いんだね。
 「魂と 自我捨て励む 下請け業」--といった人がいたが本音かもね。

生産計画も発注も親企業のさじ加減一つ、酷いのになると夜に指示を受けて納品は明日の朝、なんてのもある。値引き要請なんてのは当たり前、何でも云うことを聞かなくては一人前の下請けではない。
そんな中で時代は変わった、これからはイコールパートナーだ、自分で生きてゆけといわれたってそう簡単にはいかない。

そこで日本的な「新系列会社」というのを編み出したらどうだろうね。
系列企業でも良い、それぞれの会社が独自の得意技を持つように育成する。
特殊技術でも生産能力でも、また生産技術でも良い、「この仕事はあそこの会社でなければ」という風に位置づける。一つのキーワードを持つ会社は強いと思うよ。一寸の虫の五分の光る技だ。

ベンチャー流発想ですね。そういえばアメリカの友人が「会社? 潰れたよ。でも、またやるさ」といっていましたね。そのバイタリティと日本的大義名分を重んじる美学が戦っているのですからねぇ。

    「まわり舞台 速さに役者 乗り遅れ」

良いか悪いかは別として、風向きは欧米企業に有利だ。いや、規制緩和が浸透すれば風向きなどと暢気なことは云っていられない。
舞台はどんどん廻っている。この早い世界の舞台に乗って、大見得を切れるかどうか心配だね。

* * * <ゴキブリ後記>
財界人や大企業の偉い人の考えはさておいて、どうやら中小企業とは大企業をシュリンクしたものではなさそうだ。とすれば、そこに生きる人も全く違った習性、思考、価値観を持っていることだろう。そろそろ住みかを変えて観察の幅とやらを広げることにしようかな。

ごきぶり日記

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