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No.046

ぶらり浅草

97/08/16
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久しぶりに、それこそ久しぶりに家内と連れだって浅草を歩く。この日は夏の日差しが特に暑く、浅草の夏祭りの余韻を思わせる。
渋谷から浅草まで直行の地下鉄銀座線、東京のもっとも古い地下鉄である。
今や地下鉄は蜘蛛の巣のように張り巡らされ、江戸っ子でも乗り換えに、もたもたするような発展振りだが、この線だけは懐かしく、安心して乗っていられる。

なぜならこの線の終点、浅草駅の出口のすぐそばが雷門であり、浅草寺(せんそうじ)へ通じる仲見世通りだから、この道を通らなければ浅草ではないと思っている。
仲見世はすっかり綺麗になり、整然とした店並みになっている。金魚すくいあり、電気飴屋ありのテキ屋も屋台も入り交じった雑然とした庶民の楽しみの場であった、昔の仲見世の面影はない。

それでも、こじんまりした一角に蛇の目傘などの和傘、踊りの小物を扱う店など江戸情緒の片鱗を忍ばせる専門店が所々に入り交じっている。墨田区、台東区はせんべいでも伝統がある。厚焼き、薄焼きを焼きながら売っている。「歩きながら食べなさい」と1枚ずつ売るところも下町の風情である。

その昔、よく遊びにきたロック座などの演芸街を右手に見ながら南に四百米ばかり下ると駒込一丁目に昔懐かしい「駒形どぜう」がある。享和元年(1801年)創業というこの店は江戸時代そのままを思わせる雰囲気を残して来たという。もう午後の二時だというのに店の前には二十人近くが表の縁台で順番を待っている。

取りあえず中に入ると下足番が白紙のメモ帳に雑然と予約を書き入れて呉れる。すすけた大部屋の簀の子敷きの床には、お膳の変わりに長い板が敷いてあるだけである。「どぜう鍋」か「柳川」がメインになるが、浅い小さな鍋をそれぞれ炭火の七輪に掛け、板の上にどんと置いてある割り下とネギをたたき込み、何回もお代わりする。はからずも翌々日(8月15日)の朝日新聞、家庭欄 夏の味紀行97’に「ドジョウ」として同じ話が載っている。

駒形どぜうを出て、駒形橋を渡り船着き場を探す。確か松屋のそばという記憶で探しかかった時、ちょうどお巡りさんに出会ったので、聞いたところ考え込んでいる。「ポンポン蒸気ですよ」というと、はっと思いついたようにすぐ教えてくれた。やはりこの人も古い江戸っ子らしい。

ポンポンポンポン---と音を立てながら墨田川を下る小さな蒸気船が懐かしく、乗っては見たものの、今や豪華な大型遊覧船で高速道路や近代的な新大橋の下をくぐる様には昔の面影はない。「万歳!」と両手を上げる格好から名が付いた「勝鬨橋」も、もう天に向かって開くことは無くなった。

* * * <ゴキブリ後記>
ポンポン蒸気が無くなったのも、仲見世が綺麗に生まれ変わったのも随分昔のことだよ。懐古にふけるのもこの長い夏休みのせいらしい。
「休み終わったさぁ働こう」どこかで聞いたような言葉だが、とにかく時代は戻らない。解決しなければならない問題が眼前に山ほどあるでしょうに。

ごきぶり日記

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