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No.053

修身教育

97/10/02
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偉い人が修身教育が必要だといっている。

人間、教えなくても身に付くものは食欲、性欲、物欲であり人の道は後天的に覚えるものだから教育しなければならないという。当たり前の話で、なにを今更そんなことを言うのかと思う。

戦後食糧難の時代、ひもじい思いをした国民は、国家の再建のためというより人間らしい生活を求めてがむしゃらに働いた。
政治は経済発展以外視野になく、外国に追いつけ追い越せのかけ声と政策で国民の尻を叩いてきた。世界一の経済大国と自負した時、人間社会にとってもっとも重要な人情、思いやり、助け合い、家族愛などの潤滑油が全く切れてギスギスも、いいところの社会に変貌していた。

モラールもモラルも何処かへ吹っ飛び、電車に乗れば短い足の股を思いっきり広げた男、オバタリアンは傍若無人に席を奪い、合い辺りに人なきがごとき大声の会話、毛染めの臭いをプンプンさせた女の子、先日も出口に両足を踏ん張って絶対どかない構えを見せる若者が居た。
ランニング?を着て二の腕や肩胛骨に入れ墨まがいの絵を描いた女性、これが今の日本のすべての姿かと思い知らされる。
ある時、人々は電車のシルバーシートにどんな関心を持っているのかと、乗っている間観察していたことがあったが、壮年者も若者も全く関心が無く、実に堂々と無視する。あるいは字が読めないのかも知れない。

アメリカが危険な国だというが、見ようによっては日本ほど危ない国は無い。
アメリカはある地域、ある階層は甚だ危険な分子がいても無差別では無い。日本は人種問題も無く、貧富の格差も少ないのに、何処からどんな危険な人間が出るかわからないのが昨今だから、いわゆる「無差別爆撃」のようなもので何処へ爆弾が落ちるかわからないし、どこに問題があるのかさえ確かでは無い。この意味でもっと危険で恐ろしいのである。

毎月アメリカと日本を往復していたとき最も嫌だったのが新宿の雑踏だった。
若者にかかとを踏みつけられたり、女の子に体当たりされたりするが誰も謝ることをしない。嫌な思いで帰宅したことを思い出す。
少なくともアメリカでは絶対にこんなことは無い。混雑した場所でも必ず自分から道を譲り、少しでも体が触れれば excuse me と謝罪する。
だから日本が嫌になるのだろう。覆水盆に返らず。金と引き替えに失った古き良き日本の伝統はもう戻ってはこないだろう。

現代の若者は、モラルと同時にモラールも失った。働き甲斐、辛抱、努力などに関心は無く、時に流されて生きるのみで、猿岩石とかつぶやきシローに心のよりどころを見いだす以外に方法を知らない。猿岩石の書いた日記がたちどころに250万部売れるという事実は、単に時代の流れとばかり言っては居られまいに。

* * * <ゴキブリ後記>
戦後、修身教育など語ろうものならば、日教組あたりから軍国主義復活論者としてこっぴどく叩かれたそうだ。
バブルというお祭りが終わって、ふと気がつくと荒れた広野に立っており、心のよりどころは無く、行く先も見えない。
かっての日本人の美徳とされた勤勉、忍耐、努力は外国人にあり、ある企業は日本の若者を見限る。
そして修身教育復活が真剣に考えられる時代に逆戻りするとは!

ごきぶり日記

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