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No.073

雪

98/01/16
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東京は今年、二度目の大雪。
いつ、やむともなく降り続く雪をじっとみていると、何かに何処までも引き込まれて行き、ある雪深い山村と想いが重なってくる。

山形駅から左沢(あてらざわ)線で幾つかの無人駅を過ぎ、終点の左沢に着く。此処から夏はバス。冬は徒歩で、山の裾野を切り開いた道を5~6km歩くと七軒村に着く。熊の住む朝日岳の山中に迷い込んだような山村である。

12月に入るとすぐ、根雪になりバスはもう通れない。それからは来る日も来る日も先の見えないほどの雪がまっすぐに降り続く。
朝起きると、太ももが埋まるほどの雪が積もっている。それでも通学の子供たちは、年長者が膝まである長靴にカンジキを履き、先頭に立って道をつけながら進む。そのあとに低学年の子供たちが静かに、ゆっくりと進む。
都会の子供たちのようにはしゃぎながら歩けば転んで怪我をすることをよく知っている。

瞬く間に屋根には1メートルほどの雪が積もる。この頃になると、時を同じくしてあっちでも、こっちでも“雪おろし”が始まる。四角に切った大きな雪の固まりが豪快に音を立てて落下する。だが、それも一週間とは持たない。
数回、雪おろしをする頃は落ちた雪は二階の屋根に届く。子供たちにとって屋根の上はスキーの格好のスタート点に早変わりする。
家の中は雪むろのように暗い。灯りを採るために軒先に雪の灯り道を堀進む。

下ろした雪ですっぽりと埋まった家から外に出るために、毎朝の雪の階段作りも決まった仕事である。シャベル一本で雪の彫刻のように階段を作り、興が乗れば欄干も作る。瞬く間に新しい雪に埋もれるはかない芸術ではあるけれど。

これだけの雪は5月になっても一向に消えようとしない。あと1メートルの残雪を子供が一生懸命掘っている。やがて黒いものが現れる。「地面が出たぞー!」と嬉しそうな歓声を上げる。半年も雪に埋もれ寝起きする子供たちにとって、土は待ち遠しい春なのであり、命なのだということが実感として伝わって来る。

ふと、我に返って外を見ると未だ雪は深々と降り続いている。ベランダの手すりの積雪は、もう20センチを越えている。テレビでは東京の交通機関の麻痺状態を繰り返し放映している。
虚構の都会は雪の前に大混乱を起こし、沈黙する。家庭に一本のシャベルも無く、長靴も持たない都会人に、この雪は自然の偉大さを想い出させる、自然の警告なのではあるまいかと妄想する。

ごきぶり日記

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