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No.085

国会中継

98/02/27
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予算委員会のテレビ中継は下手なドラマより面白い。
質問に立つ議員は当面の政治課題について、蕩々と自党の意見開陳を行い、その政策に絡めて質問を挟んでいく。

テレビ中継で全国民注視の中だから、感情的にならないように表面的には政府の努力を多としながらも、その失政を追求して行く。
だが、答弁する閣僚はその質問の核心を避けながら、首相の施政方針の枠から一歩も出ず、答えにならない答えを、紋切り口上で答えたように話す。

総てが駆け引きだから、相手の落とし穴にはまった答えでもしようものなら大変なことになろうから、分からないことはない。
この形は開闢以来続いて来たのだろう。これが政治であり、国政の議論だと云われればそれまでだが、政略があっても議論が無い。
政府は政権の立場から、決めた政策をかけらも変える気はない。だから言葉の戦いであり、国民の前で緊急の国政課題を議論しているのでは無い。

つまり議論では無く自分の意見が正しいと主張し合うディベートに近いから、面白くないと云われればその通りだが、駆け引きの勉強にはなる。
でも、一言答えるのに立ったり、座ったり、その都度歩いたりで、効率の悪いこと甚だしい。団交ではないが真ん中のテーブルを挟んで相対して話せば早いものを、いちいちご苦労なことだと余計な心配をさせられる。

出番が無ければ居眠りはするは、雑談はするは、ヤジを飛ばすで一人一人がどんな品性かよく分かるのだが、政治家というものは衆人環視などという言葉も感覚も無いのかも知れない。

こんな場面での画面の実感は流石である。証人喚問が中継できれば、証人の一挙一動、感情の動きから、相当の推理が出来る。
あるいはこんな観察をして楽しんでいる方が不謹慎で悪いのかも知れない。
だが、抜けきれない旧弊のしがらみの中で、こういう発散をするしかない身にもなって欲しいものである。予算委員会のテレビ中継は下手なドラマより面白い。
質問に立つ議員は当面の政治課題について、蕩々と自党の意見開陳を行い、その政策に絡めて質問を挟んでいく。

テレビ中継で全国民注視の中だから、感情的にならないように表面的には政府の努力を多としながらも、その失政を追求して行く。
だが、答弁する閣僚はその質問の核心を避けながら、首相の施政方針の枠から一歩も出ず、答えにならない答えを、紋切り口上で答えたように話す。

総てが駆け引きだから、相手の落とし穴にはまった答えでもしようものなら大変なことになろうから、分からないことはない。
この形は開闢以来続いて来たのだろう。これが政治であり、国政の議論だと云われればそれまでだが、政略があっても議論が無い。
政府は政権の立場から、決めた政策をかけらも変える気はない。だから言葉の戦いであり、国民の前で緊急の国政課題を議論しているのでは無い。

つまり議論では無く自分の意見が正しいと主張し合うディベートに近いから、面白くないと云われればその通りだが、駆け引きの勉強にはなる。
でも、一言答えるのに立ったり、座ったり、その都度歩いたりで、効率の悪いこと甚だしい。団交ではないが真ん中のテーブルを挟んで相対して話せば早いものを、いちいちご苦労なことだと余計な心配をさせられる。

出番が無ければ居眠りはするは、雑談はするは、ヤジを飛ばすで一人一人がどんな品性かよく分かるのだが、政治家というものは衆人環視などという言葉も感覚も無いのかも知れない。

こんな場面での画面の実感は流石である。証人喚問が中継できれば、証人の一挙一動、感情の動きから、相当の推理が出来る。
あるいはこんな観察をして楽しんでいる方が不謹慎で悪いのかも知れない。
だが、抜けきれない旧弊のしがらみの中で、こういう発散をするしかない身にもなって欲しいものである。

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