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No.092

ネコの手は要らぬ

98/04/28
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どう思います? この話。
バブル絶頂期の頃、企業はネコの手も借りたいくらい学生を欲しがった。
要するにネコでも良かったんでしょう。

“熊手でかき集める”という言葉がありましたね。その当時、学生と話をすると“就職なんて何とでもなる”とうそぶいていました。とにかくよく遊び、かつよく遊びの時代だったと本人達が話しています。勿論こんな学生ばかりではない事は知っています。

でも事実、彼らは寵愛を一身に受けたようなネコでした。内定を出し、他社に移り気を起こさないように缶詰にしたり、海外旅行に行かせたりで何様かと思うような扱いを見てきましたし、人事担当者は捕まえたネコが逃げ出さないように憂き身をやつしていましたっけ。

いまや、世の中は、コロリと変わり、不況のど真ん中。あの時を大量採用時代と位置づけ、企業はこの過剰人員をどうやって辞めさせるか、減らすかと真剣に考えています。
能力主義と称して厳しい審査基準を設け、32~33歳までに合格しないと一生、給料は上がらない方法も考えているようです。辞めろと言っている事と何処に違いがありますか?

何とも身勝手な、先見性のない話と受け止めますか? それとも“それが企業というものだ”と納得しますか?
自分の先見性の無さ、付和雷同のトイレットペーパー買いをすっかり忘れ、今になって、しゃあしゃあと能力選別をやると言っていますよ。熊手で集めたのは誰なんでしょうか? やっかい者になったネコは能力主義という隠れ蓑で淘汰されようとしています。熊手でかき集めれば中にはネコもいるでしょうよ。だが、彼らも間違いなく人間なのです。

日本の企業は株主よりも何よりも、社員が大事だと云っています。
それが正しいかどうかは、総ての背景がひっくりかえてしまうような変革の中で、いずれ答えが出ることでしょう。
だが、トイレットペーパーを買いあさるように人間をかき集め、一転して不況になるともっともらしい選別方式を考え出してふるいに掛けるのは陰湿です。
それならむしろ、事業環境や業績に応じたアメリカのレイオフ方式の方が、もっとドライに割り切れるかも知れません。

大学時代に遊び惚けた連中でも人間の心を持っているのですよ。今まで勉強をしていなかったのだから、能力は劣るでしょう。でも、能力開発は自分が“はっ”と気がついて、やらなければと思う気持ちが起こった時が一番効果的でしょう。
それでも駄目なら始めから雇わないのが企業の社会的責任というものでしょうに。

そんな会社に、企業に義憤を感じない社会はどうなっているのでしょう?
まさか大企業はこんな事はしませんよね。

ごきぶり日記

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