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No.302

目標が消えた

02/11/01
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目標が消えた。
戦後「追いつけ、追い越せ」が合い言葉で日本の得意技だった。
目標があって努力するのは当然のことながら、目標がなくなる、見失うということは人間にとって恐怖に近い。

目標を掲げてこれに突き進む、目的地に向かって車が突っ走る、何であれターゲットがあるから行動があり、意欲が沸き力が出る。
子どもの頃ある先輩に「君は死ぬのが怖いかい? 恐らくそうだろうね。それはね、自分のやらなければならないことが残っているからだよ」と言われて成る程と納得したことがあった。
やりたいこと、やらなければならないことは限られた人間の人生の中でトンネルの先の灯りを見つける作業かも知れない。
終戦直後の日本は人間の心も環境も徹底的な廃墟と化し、心は荒み、生きるすべさえ見つからない状態にあった。

米と物々交換のため、かろうじて焼け残った昔の衣服をもって、人間がはみ出した満員列車にぶら下がって買い出しに行くのも、“かっぱらい”や“引ったくり”が日常茶飯事のように起こるのも、ただひたすら“生きなければ”という目的のためであった。それでも混乱と虚脱だけの年月は数年とは続かなかった。

「会社に行っても仕事が無い。だから毎日、木工旋盤を使って下駄を作っているよ」と話していた大先輩も、間もなく欧米に「追いつけ、追い越せ」と行動を開始する。
とにかく何も無いのだからやることは山ほどある。欧米の進んだ技術を取り込んで、真似て考えて前進する。電話回線を申し込んでも何年掛かるのか判らない時代だが、すべての人が貧しい暮らしの中で目標を持ち、夢を持った時代である。

ふと気がついて見ると目標が消えている。世の中が不況であろうとも企業には目標がある筈だ。だが、何をどうしたいのかはっきりした目標が見えない。
見えない方が不勉強なのか企業のirが無いのか、そんなことを議論するつもりはないのだが、燃える想いは表に現れるものだ。
古き良き時代に漬かりすぎ、大きくなりすぎ、総身に知恵が回りかねているのだろうか。

せめて自分だけの目標を作り、人生のゴールまでその夢に向かって突き進む気力を持ち続けていたいものである。

ごきぶり日記

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