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No.311

成果主義の挫折とは

03/01/31
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今さら言うまでもないのだが、終身雇用を前提とした企業への忠誠心とその見返りとしての安泰は消えてしまった。
するとこれからは、やはり欧米的成果主義、実力主義に尽きるのだろうか。
組織の土台、つまりトップ人事や組織構造、人間関係は古いままで、いきなり成果主義を入れると、お互いの信頼と協調で成り立っていた関係だけに、大きな混乱が起こることは容易に想像出来るし、現にあちこちでそんな事象が現れている。

個人の生き方、考え方など日本は欧米とは全く異なる文化にあることはわかりきっている筈なのに、そのまま競争原理だけを当てはめようとしているのではなかろうか。然も、人事はどうしても減点主義を取りたがる。その結果、疑心暗鬼が芽生え、余計な仕事はやらないようになる。

いち早く成果主義を導入した大手が、この問題で蹴つまずき、社内が混乱しているというニュースが流れたが、何もこの会社だけではないのである。
それぞれの守備範囲にこだわらず、関係する四方の部門まで手を差しだし、人間関係を前提として協調する。これが日本企業の特徴であり、日本人ならではの組織であった。

例えばメーカーなら、技術部門は営業の要請を受けて受注活動から参画する。
開発計画を立てて、さらに生産を含む全体の大日程計画を立案する。生産活動に入れば生産技術、購買、品質管理、検査とすべてに関与する。つまり、受注から納入まですべてに関与してプロジェクトを遂行しなければならないし、また、そのように教育されてきた筈である。

アメリカの組織は当然、個人中心である。例えば技術者なら自分の開発する範囲ははっきり決まっている。人の範囲には余計な手を出さない。その変わり、テーマ毎にプロジェクトマネージャー(以後pmgと呼ぶ)が居て、各開発グループの間を飛び回って調整する。そのpmgは開発方向、納期など客先対応についてマーケティング側と折衝の任に当たるわけである。割り切りが前提の組織とも言える。

これを日本に置き換えると、部課長が数多くのプロジェクトを一人で抱えながら、予算、人事、勤務管理までを一手にまかなう。この点、日本企業の方が中間管理者へのしわ寄せが大きく、その分だけ効率的とも言える。だが、部下が割り切って余計な仕事に手を出さなくなったら、流れは止まり中間管理者はパニックを起こすのは分かり切っている。

さて、ここからが難しい。元に戻そうにも、外の波は「個の尊重」であり、実力主義であり、やはり成果主義である。
給料が能力で格差が付くのは、もはや止めることが出来ない世界的潮流だからである。この問題解決は脳味噌を入れ替えなければならないのではないかと思うほど過激である。

だから、“余計なことに手を出さない”ことになればそのメカニズム自体が崩壊するのではないだろうか。
余計な心配かも知れない。だが、あちこちで「カナメの取れた扇子」「ネジの外れたメカ」のような現象が起こっていることは確かである。

ごきぶり日記

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