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No.313

戦略の楽しさ

03/02/21
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ゲームは人によって向き不向きがあるらしい。博才が有るか無いかということかも知れない。「ゲーム感覚」という言葉があるが、何でもゲームを解くつもりでやりたいものである。

問題が起こった、さてどうしよう、困った、と思うと人間の思考はそこから逃れることばかり考えて全体を見通すことが出来なくなる。頭に血が登って目の前しか見えなくわけである。
解のない問いはないと思っている。さて、この問題をどう料理しようかと思えれば幸せで、きっとあの手この手が沸いて来るに違いない。

「押して駄目なら引いてみな」という言葉がある。どうしても駄目なら「時」という仲介人を入れて冷ましてして見ることも出来る。
人を説得しようとする。「鶴見祐輔」調の名調子、アジテーション演説で聴衆を陶酔の境地に引き入れられれば良いが、これは誰にでも出来ることではない。
人が動き、物事が変わるにはやはり自然の道筋がある。

ひと昔前に怒鳴り撒くって主張をし、周囲から冷たい目で見られていたことが、ある日、その通りに動き出すことがある。つまり洞察は的中し、本来ならその先見性を誉められるべきなのだが、“そんなこと、ありましたっけ?”と認めようとしないのが人の常である。

ある人から「それは10歩早いんですよ。半歩、せめて1歩先でなければ理解されませんよ」と言われて、“成る程、人間というものは環境が整って始めて思考出来るのだな”と妙な感心をしたことがある。

自分にはなかなか出来ないのだが、戦略を説く時にいつもこんな話をする。
「当たり前のことだが水は高いところから低いところに流れる。こういう風に、こんなところに水を流したいと思うように、指で溝を作ると水はそこを伝わって、ちょろちょろと流れ始める。やがて水流で川が出来る」こんな話ばかりすると、「あいつは悪だ。うっかりすると流れに乗せられて落とし込まれるよ」と思われかねない。

宮本武蔵の五輪書にも、「・・・兵法の戦に、其敵其敵の拍子をしり、敵のおもひよざる拍子をもって、空の拍子を知恵の拍子より発して勝所也」とある。
それぞれの敵のリズムをよく掴んで、無心の状態から自分のリズムに引き込んで勝つ、ということで、相手のリズムをいつの間にか自分のリズムに巻き込んで相手を制するという極意のようである。
相手の調子に乗ったように見せかけて、いつの間にか自分の調子に乗せてしまうなど戦略とは人の意表の裏をかくゲームである。

ごきぶり日記

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