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No.327

日本語力

03/08/18
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日本経済新聞 8月16日(土曜日)一面の「日本語力」(上)を読んで同じことを想い出した。
「新人の社員に“飲みに行くぞ”と声を掛けたら、“いいですよ”といわれ、良いか悪いか判断するのは新人なのか、と怒るよりびっくりした」とある。

だが、これは多くの年輩者が経験していることではなかろうか。上司が“飲みに行くぞ”というのは“おごってやるよ。一緒に来い”という一種の命令に近く、同意を求めているものではない。
お金を出して、連れていってやろうという温情に“いいですよ”はピントはずれもいいところで、“ご馳走になります”というべきところを“嫌だけど、ついて行ってあげてもいいですよ”となってしまう。

“嫌なら来る必要ない!”となる。上司や目上に対する失敬な言葉だという意識と認識が全くないらしい。
そういえば気になるのが敬称で、氏名の下の「・・殿」は同輩か目下に対して使うもの、公用の役職がつく場合は「××課長殿」で、というのが常識だったと思うのだが、これがまたまったく意識されない。

同様に「先生様」は敬語の重複として無知の代表のように扱われて来たが、これも横行する。大企業の電子メール洪水の中身は恐らく、誰かれなくこの「・・殿」だと思う。まるで「長幼の序」などこの世から消えてなくなったかのような風潮だ。
どうやら「殿」は最大の敬称だと思っているのかも知れない。

社内の文章でその都度役職を書くのが煩雑だと、記号で表すところがある。
例えば部長はb、課長はk、主任はsである。閉じた社会の中でのルールなら、こんな失礼な表現でも良いと思うが、次第にそれが社会一般に通用すると思いこむようになる。

「・・取締役」と呼ぶのが面倒くさいとばかり、「・・取」をはやらせようとした人間がいたが、さすがに一喝されてしまった。
それなら「・・さん」とさん付けに決めた方がよほど失礼がなかろうにと思うがそれがなかなか見あたらない。今の時代、案外敬称に苦しんでいるのかも知れない。

ここまで言葉が乱れてくると、時代と共に本来の意味は失われ、間違った解釈が多数派を占め、それが正しいということになる。
蛇足だがこの記事の書き出しに「日本語をめぐる議論が、かまびすしい・・」とある。
かまびすしいとは「囂しい」と書き、うるさいとか騒々しいという意味でだが、あえてこんな普段見かけない表現を使ったのは「日本語力」のテーマにこだわったのかも知れない。

ごきぶり日記

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