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No.328

頭に乗ったネオンサイン

03/09/02
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永年大企業に居ると、企業という社会は知っていても、世の中が全く判らない事が起こる。

企業社会と一般の世の中が何で違うのかと言われそうだが、これが全く違うのである。昨今のように大不況で企業が変質して、ファミリーが崩壊して来ると、何となく嫌気が差して会社を飛び出したという人が多い。
大会社という小社会は特別誂えの温室であった。

そこへ一流大学を卒業して希望に燃えて入社すると直ちに企業人、というよりもその会社にピタリと当てはまった社員に作るために教育が始まる。
何せ先輩も同じ鋳型で教育をされたエリートなのだから、“酸いも甘いも”という世の中の厳しさ、辛さからは隔絶される。
その代わり、目に入るもの競合するものは同僚や上司であって、この間の人間関係や泳ぎ廻り方法にすべての神経を使うようになってくる。

かっても数次に亘るオイルショックなどの経済危機はあったが、しき締めはあるものの、社員には痛みが伝わる程ではない。
こんな中で永年過ごしていれば、社会の冷たさ、厳しさは次第に感じなくなり、今の状態が社会そのものだと思うようになる。輝かしいネオンサインをいただき、表に出ればその社名に羨望の眼差しが集まり、すり寄って来る人も多い。

ともすればこれが自分の実力と思いこむようになっても人間だから仕方がない。
世の中が一変する。会社は手のひらを返すように冷たくなる。
“あなたはもう用済みだよ”とばかりに露骨に退職を迫って来る。世の中の急変、経済の落ち込みは頭で判って居ても、突然にそんな扱われかたをされたら、「キャリア、経験ともに俺はそんな人間ではない!」とばかり反撥するだろう。

頭に乗っているネオンサイン、社名入りの肩書きが、如何に大きく、人はそのために自己の可能性を過大視するのかも知れない。
そんなわけで、さて一人で何かやろうとした時に本当の壁を知る。自由な発想と思い切った行動が全く出来なくなっている事に気がつくわけである。
いや、出来ないのではなく、出来上がったdnaに押さえられて実行する勇気が出ないという方が当たっているのかも知れない。

こんな事は延々と思い悩んだところで万全の計画が出来るわけではない。
行動するから道が開けるのだが、資産を掛け、リスクを承知で新しいビジネスに挑戦する気は起こらず、「それをやったら幾らくれる?」「どんな良いことがあるの?」という問いかけだけになってしまう。
自分のビジネスを立ち上げようという決心や、ひもじさや危機感は無い。それはそうだろうと思う。

膨大な退職金を貰い、リスクを踏む必要がなく、悠々自適が保証されている身分でハングリー精神を求める事が間違っているという事だろう。

ごきぶり日記

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