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No.332

生き甲斐を奪うもの

03/12/11
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新幹線の運転手の半数以上が運転中に携帯電話あるいはメールをやっていると報じています。無呼吸症候群でなくても、いい気持ちで居眠りぐらいはしていることでしょう。

それは多くの人命を預かる運転手のやってはならない行為なのですが、なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。
新幹線は殆どが自動運転で、時速 30km に落ちるまでは人間が介入出来ないと言います。問題を予知すればatc(自動運転制御装置)が働き、急停車してくれる、それでは運転者は走行中何をするのでしょうね。

機械を信じれば全く手持ちぶさたで、身を持て余してしまうかも知れませんね。まさか本を読んでいるわけにはゆかないとすれば、携帯電話で話をする、あるいはメールを打つことは察しられます。

そこで30km以下を70km以下にすることを検討中と聞きました。常々、技術が進歩して、生活が便利になるということは人間が退化することと同義語ではないかと思っています。ちょっと大袈裟かも知れませんね。
同じ頃、復活したslの運転免許を取る若者の姿が放映されていました。slはコンピュータ-出現以前に活躍していたわけですから、コンピュータ-に変わる働き、つまり操作はすべて人間はやらなければならず、一つ間違えれば機関車はいうことを聞かないでしょう。

指導者を親方と呼ぶそうで、何だか時代の針が逆回りを始めたように感じました。でも、そこには人間が全力を挙げて考え、全身を使って作業をしなければならないという緊張感、喜びが感じられるのです。
人類の幸福のためにという大義名分で進化する技術は人間の生き甲斐を奪い、緊張感を失わせてゆくようです。

世の中はユビキタスに向かって動いているようですね。逆説的ですがこれも心配なのです。あらゆるものにコンピュータが埋め込まれ、独自の頭脳を持つようになる、という進化は想像を絶する変化が起こるでしょう。
人間の周辺で関わるすべての物体が頭脳を持ち、人間の意志や要求に応じて動いてくれる。それは限りない進化が予想されると共に、それだけ人間が考え、記憶して、判断し、実行する相当の部分が必要無くなり、人間はすぐに、全面的に寄りかかるようになって、その分だけ感性も判断力も衰えてゆくのではないか、と心配しているわけです。

不便さと戦い、それを克服しなければ生きてゆけない環境があるからこそ、ボケないで人間らしく生きていかれるのではありませんかねぇ。
本当にあった話ですが、大分昔にアメリカのある州で、何でも整った老人の理想郷を作ったという話がありました。

出来た当初はもてはやされたのですが、やがてボケ老人の大量生産所の様相を帯び、あわてて閉めたということでした。
何でも整った理想郷は人間が人間らしく努力する場を奪い、退化を早めたという実践例だと思っています、苦労を経験した人ほど立派な人生を送ることが出来るということでしょうか。

ごきぶり日記

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