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No.340

寿司ではない寿司が

08/01/18
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朝日新聞 1月6日(土)の 「be」report
  “求む!クールな日本食
     ブームを超えて世界のスタンダードに”


を読んでいていろいろなことを想いだした。あれは1970年台に入った頃のこと、未だ慣れないアメリカの、それもマンハッタンの日暮れ時を日本食を求めて彷徨っていた。
やたらに寿司が食べたくて探して歩いていたわけだが、どうしても見つからない。仕方なくそれらしい東洋風の店の呼び鈴を押す。

マンハッタンのことだから昼さなかでも鍵を掛け客と見極めると開けて招き入れる。
入ってみて始めて中国料理店であることを知った。中は薄暗く、客は見あたらない。仕方なく適当に注文して済ませ早々に引き上げたが、それほど怪しげな店ではなかったようだ。その日はそれで諦めたが、その後暫く日本食を探す意欲を失ったことを想いだした。

それから数年後に西海岸に移ることになったが、流石に西海岸は日本に近く、日本食は広がっていた。それから10年ばかりサンノゼ、サンタクララ、サニーベール近辺の日本料理店にお世話になることになった。
日本人が海外旅行するとよくやるように、電話帳のイエローページで日本料理店を探しまくる。店に電話を掛け、場所を確かめてから仲間と一緒に飛んで行く。

構えは一流の料理屋のようで、日本なら「一元さんお断り」と言われそうだと考えながら琴の音が流れる店に入る。案内に出てくる仲居さんはれっきとした日本美人、それで一安心。
だが、それからが違う。料理を運んで来る若い和服の女性に話しかけても、全く反応しない。その筈である。そっくりの姿形だが日本人ではない、日本語が全く判らない東洋人なのだから無理もない。

寿司の舌触りが期待している味と違う。ある人の話によると、西海岸は海流が暖かい、暖流の魚は身が締まらず大味になるという。この話は本当か嘘か以後、確かめたことがない。
雰囲気や情緒は日本風にしつらえても味はアメリカ人好みでなければ商売にならない。客の半数以上がアメリカ人でなければ商売が成り立たないと話す。

日本人の求める繊細な味などよりも、アメリカ人好みの大味な料理では旨い寿司など出て来るはずはないのである。そこで登場するのがカリフォルニア ロール(カリフォルニア巻き)である。蟹 蒲鉾 アボカドなどの巻き寿司で時にはマヨネーズが入っている。生ものがないし、それに素人でも作れる、ということでアメリカ人誰にでも向いている。だが当時、こんなもの寿司ではない、と口にしたことはなかった。

それから何年だろうか、少なくとも20数年は経っている。それが「ヘルシーの流れに乗る」という見出しで改めて記事になっている。今や(今になって)フランス料理や中華料理と同様に「食のグローバルスタンダード」にのし上がったとある。健康志向を強めるアジア、ロシア、中東などの富裕層に広がっているとのこと。

「こんなもの寿司ではない!」と悪口を垂れたあの寿司もどき、とカリフォルニア巻きがフランス料理と並び日本の味として定着して行くのだろうか。
アメリカ人は摺り下ろしたワサビの大きな固まりを口一杯にに放り込んでも、顔ひとつ歪めない。
この感覚の舌には日本料理の本当の味は判らないと想うのだが・・

心の赴くままに

ごきぶり日記

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