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No.342

白と灰色と黒と

08/02/08
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会社員の日常活動ではありとあらゆる問題が起こる。その原因が自分を含めたいずれかからの部署のチョンボ(事故と呼ぶことが多い)であったり、顧客からのクレームであったりするが、事の大小はさておいて仕事の処置を誤れば問題は大きくなり、被害が社内に波及する。

当然のことながら組織は階層があり、それぞれの階層が立場や役職に応じて責任を背負っているのだが、階層が細かく分かれたりすると誰が何処まで責任を分担するのか判断が難しい。上下関係においても然りである。

年功序列、終身雇用の時代には企業教育が盛んで、膨大な費用を掛けて力を入れてきたことはそれほど古い話ではない。平社員から役職の階層に応じて延々と教育スケジュールが組まれていた。いや今でも続いているのかも知れない。
だが画一的な社員教育は社員を企業カラーの枠に嵌め、愛社精神を高める手段でもあっただろうから、欧米的成果主義、実力主義と相反するかも知れない。
この中でも「中間管理者教育」は組織の核になることから熱心に行われていたし、そうしたハウツウものの本も出回っていた。

表題の「白と灰色と黒と」はこの中間管理者の悩みであって、その昔はよく使われた表現だった。日常の問題処理やその対応で、

・明らかに自分の判断、能力、立場で処置出来る事件。これは“白”
・自分の立場で処理すべきか、もっと問題が大きくなる可能性があるのかと迷う場面。これが“灰色”
・自分の立場や能力を超えた大きな問題ではないか。これが“黒”

企業では「ほうれんそう」(報告、連絡、相談)が重要だと常に社員に説く。
だが、これほど守られない指示も珍しい。簡単なことなのだが守られないのは恐らく「白と灰色と黒と」の区別がついていないことが原因ではないだろうか。

例えば技術者が顧客と接する場面で、客の担当者はあらゆる要求を打ち合わせている当事者にぶつけることだろう。始めのうちは、ここを直して欲しい、この説明を追加して欲しい、程度の要望で“白”の領域だが、そのうち予定外の技術問題に深入りして来る。灰色を飛び越して黒の領域に入ってしまう。

つまりビジネス取引の枠外にはみ出すことになる。ところが技術者同士では受ける方はお客の要求として連続しており、損得など考えずにその要求を実現しようとする。
この例が適切かどうかは疑問があるが、どんな立場や場面でも「白と灰色と黒と」の区別は無ければならない。

ある開発グループに新任の課長が着任することになった。そこで主要メンバーはひとつその課長の力量を試してみようではないか、ということになった。
特に改めて報告に出掛けるわけではない。すれ違いざまに「課長、今こんなことが起こっていますよ」と何気なく耳打ちするだけである。
課長はジロリと一瞥して何も言わずに立ち去った。

一週間も経たないうちにこの火だねが燃え上がってきた。主要メンバーが慌てて火消しに飛び回ろうとして驚いた。なんと関係部門には対処方針が与えられており、準備が出来ていたのである。“ジロリと一瞥しただけ”の新任課長はその場で既に手を打ってあったわけである。

何処の企業もそうか判らないが組織には上司に「保険を掛ける」という発想があって、たとえ立ち話であっても報告したことの責任はその瞬間上司に移る。
さすがに“白”を報告するのは無能のそしりを受けかねないが、“黒”は必ず報告して置くことで、要領の良い人間は灰色まで報告して責任を回避する。

成長期の日本企業には責任を背負える有能な管理職が多かったと感じる。
それは企業の国際競争力に通じると思うのだが、さて今は・・・・?

心の赴くままに

ごきぶり日記

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