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No.343

手の抜き方も管理者の Know-How

08/02/18
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経験を積み、実力をつけるに従って、会社は部下を育てて、より多くの業務をこなして欲しいと期待する。組織である以上、それもやむを得ないのだが、ここに中間管理者層の悩みがある。

部下にやらせれば力が足りない、教えるのが面倒だ、遅くなる、だから自分でやった方が早い。という論法がまかり通る。誰でも感じる、誰でもそうしたくなる場面であり、一概には否定できない。

でも、人ひとりのこなせる仕事には限度があり、ひとり仕事では職人の名人芸ならいざ知らず、企業としての生産性は最小限になってしまう。
そこで部下を育て守備範囲を広げて業績を上げることを期待する。企業は組織で動くのだから職人芸、名人芸は必要ないどころか場合によっては妨げになる。
超一級の技術者よりも二流でも協調の出来るバランスの取れた人材が望まれるわけである。

「属人的」という言葉がある。顧客は一度接して気心の知れた、あるいは頼りになるメーカーの担当者を指名して来ることがある。クラブやスナックの接客女性ではあるまいに、技術者を指名されては会社はたまったものではない。
だが、指名される方も悪い気はしない。勢い何でも自分でやろうとすることになる。嵩じると“自分でなければ”という強い自我がそこに居る。

ある時、こうした人が病気してある期間休んだとする。回復して出社して見ると自分の立場は他の人が代行しており、既に出る幕は無くなっていた。
企業というものは停滞することが出来ない。だから一担当者に事故があれば、即時穴埋めを行う。
自分でなければ、と命を掛けるように頑張ってきたものが、軽く取って代わられてしまう現実に大きなショックを受ける例があることはやむを得ない。

部下を抱えながら部下の仕事に首を突っ込む。突っ込んでいるつもりでなくとも“自分でなければ”病で介入する。そんなことをすれば身体がいくつあっても足りないし、そんなに張り切れば病気になることは避けられない。
部下はその方が楽だから頼って来る、自分で判断しようとしなくなる。そして部下は育たない。まさに悪循環に陥るわけである。

やって見せて、やらせて見て、褒める。こうして部下が育って来る。人間、守備範囲が広がり、かつ歳も取る。何でも自分でやるのではなく、若い部下の技術者が勉強し得た新しい知識を吸収すれば効率が良いというものである。

ピーターの法則(The Peter Principle)として「無能レベル」が話題になったのは20年以上前のことだったろうか。
自分に出来なくなったことを若い優秀な技術者の頭を借りて自分も更に進化するのも手抜きの一法ではあるまいか。

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