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No.346

食糧危機

08/04/16
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世界的な食糧危機、水不足が喧伝されている。でも日本人の多くは痛痒を感じていない。何せ飽食の時代が永く、それに現実問題としてデパート、スーパーそしてコンビニなど食料品が溢れている。水も同様である。
仕入れ元は野菜、例えばキュウリなど曲がっていれば受け入れない。だから生産地では廃棄されると聞いて久しい。

店先に並んだ膨大な食品、特に明日に持ち越せない食品は売れ残ったらどうするのだろうか、ということは誰しもの心配事である。勿論残れば捨てざるを得ないことは当然で、食糧危機とは相反する事象だからこんなことを毎日見ていて、かたや食糧危機と言っても実感が伴う筈がないのはこれもまた自然の道理である。

だが、確かに世界の人口はすでに60億人を超え、2050年には100億人に達すると言われている。人間が増えれば穀物消費が増える。さらに生活の向上は趣向が食肉、加工食品に大きく移行し消費が急増している。そうなると肉の生産に必要な穀物飼料はどんどん増加し、結果的に穀物の消費量は加速度的に増加してゆく。
工業化や都市化は農地面積を圧縮し農地は増えない。更に世界的な水不足が深刻になっている。

と此処までは受け売りだが、こうなると遠からず世界的な食糧難が押し寄せて、餓死者が続発する。世界各国は自国民の食糧を確保するため輸出を制限するかストップする。(実はこの動きはすでに始まっている)
日本の食糧自給率は約40%で、世界で最も低いことは知られている。話の筋からすれば輸入がストップされたら日本が真っ先に10人中6人が餓死するという計算になる。

食糧難と言えば戦中から戦後にかけて店の棚は綺麗さっぱり何もなく荒涼とした風景であった。配給制でそれも遅配欠配が続き、農林何号とかいう、これがさつまいもかと思うような、ごりごりした甘みの無い腹を膨らませるだけの食糧しかない。
やがてそれも無くなり2~3日は食べずに過ごすという時代があった。
栄養失調になると身体には“しらみ”が沸く。飢餓とはこうしたものだということを日本人もすでに経験している。

資本主義社会は自由競争の世界だから常に競い合う。それがエスカレートするとトップに位置しないと生き残れないようになる。そのためには企業はなりふり構わず、ありとあらゆる手を打つ。それに連れて人の欲望は限りなく増大する。
そしてそれが当たり前のように生活に染みつく。それが人間の幸せと連動して、ほどほどならば良いのだが、地球上の資源を食い潰し助け合うことも出来なくなれば、恐竜の絶滅に似て人類も終わるのかも知れない。

昔に戻って海苔と卵と納豆とそれに大根おろしとしらず干し程度の食事なら、生活習慣病などに縁はなく、質実剛健な人生が送れるのでは、と思うものの皆がそうしたら消費行動はがた落ちで日本経済は成り立たなくなる。
何とか人間の叡智が働かないものか。

心の赴くままに

ごきぶり日記

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