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No.347

100年に一度とは

09/03/31
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暫くご無沙汰しているうちに、また世の中が急変しました。
100年に一度の大恐慌とか。時代が違うのでしょうか、100年に一度にしては巷は落ち着いており、女性は買い物、食事に励んでいます。

100年目とは昭和4年の大恐慌のことだろうと理解しています。今年は昭和換算で84年、つまり大きく丸めて100年と勝手に解釈していますが、違いましたか。
この不況はご承知のように、アメリカのサブプライムローンに発したにも関わらず、日本が最も影響を受けている、それは輸出依存の体質にあると言われていますね。

それはそれなのですが、では何故企業はそんなに儲けなくてはならないのでしょうか。企業というものは利益を生み出して社会に還元、貢献するものだと思っていました。でも大手企業はせっせと内部留保を積み、反面では従業員の所得は増えていないと言います。内部留保結構、それが企業の骨格を確かなものにするのですから、反対の理由はありません。

でもバランスが崩れていませんか?映す鏡はアメリカですから、日本ばかりを非難出来ませんが、好況時の大手企業の利益至上主義は貪欲な高利貸し、あるいは一攫千金の金の亡者のようです。
そもそも何のために狂ったように儲けようとするのでしょうか。世界制覇の覇権の夢でしょうか。反対に世界から、あるいは業界から淘汰されるのではないかという恐怖心かも知れません。もっと小さくてトップに上り詰めたサラリーマンの個人的名声欲かも知れませんね。

100年に一度の意味には満州事変から支那事変へと軍国化への課程を辿った背景に、政党政治への不信と五大財閥(三井 三菱 安井 住友 鴻池)の利潤追求があったことは今、語られていません。よく似た社会的背景ですが、違うことを願っています。
イデオロギーはやはり人間が生み、人間によって実行される以上、変形したり、道を踏み外すことはあり得ることですね。

不況が人間社会に与える影響はどの程度のものなのでしょうか。100年と言わず64年前をご存じでしょうか。物心がつくという意味では、昭和一桁生まれでなければ実感はありませんね。悲惨な東京大空襲、娼婦にガード下の浮浪児、餓死との戦い、いずれを取っても人間存亡の極限でした。

「歴史は繰り返す」という言葉は人間社会の真の姿なのですね。地球は温暖化で住むに耐えなくなり、社会はエゴの利益追求が横行し、地球エネルギーは枯渇し、・・で市場原理主義の資本主義社会はタコが自分の足を喰らうように、やがて身動き出来なくなるのかも知れませんね。

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