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又聞きのアメリカの話

96/08/28
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この話は我が輩が経験したものではない。
小生の住みか(例の冷蔵庫の下だが)からは大分離れているがこの会社のアメリカ帰りの先輩がお茶を飲みながら話しているのを聞き、そのまま口移しに書いたものだ。従って、何の脈絡もない話だし、アメリカ生活を経験した人なら誰でも知っていることだろうと思うが、まさに茶飲み話としては好適だ。
以下、本人の話をそのまま書いてある。

運転免許の話
私はゴルフと車の運転には全く縁がなくってね。と云うよりそんなことが私に出来るわけがないと思って居たんだな。ところがアメリカに住んでみて車がなければ足がない、ゴルフをやらなければ暇を持て余すことになり、まず、車の運転に挑戦した。挑戦と云うと格好がよいが、本当の話は、どうやってとれば良いのか分からなくてね。
先ず人の借りてきたレンタカーを拝借し、事務所の裏側の駐車場を練習場に始めたんだよ。

何しろ、車を動かすのは生まれて初めてなのに、無謀にもいきなりバックで出そうとした。左右に車が居るのだから、普通なら真っ直ぐ下がってから切るところを、切りながら下がったのでたまらない。左前部が隣のジープの下に潜り込んで、どうしても動かない。その時はやむを得ず放り出してsos。
ようやく友人に引き出してもらったが左前方は無惨にもぺしゃんこ。レンタカーは大抵保険をフルに掛けて置くので、始末書1枚で済む。レンタカーでよかったよね。それでも引き出して貰ったぺしゃんこの車を一人で動かして裏の駐車場で独学を始めたんだ。

断って置くが駐車場と云ってもアメリカのこと、特に建てたばかりのオフイスだから、広大な駐車スペースは、がらがらで直線コースは数百メートルあり、車止めがターンの練習には持ってこいだった。だから直線コースでは60マイル以上を出し、喜んでいた。初めて動かしてから16時間も乗ったろうか、友人がそろそろ免許を取ろうか。と言うんでね。では、と助手席に友人を乗せ、自分で運転してdmv(department motor vehicles )に行ったんだから、今考えると無茶苦茶だね。だって運転の教科書すら見たことが無かったんだから。

dmvに入ると2~3人が受付に並んで居る。どうすれば良いのか分からないので、その後ろに並んで居ると細長い紙を呉れ、10ドル払えと言う。金を払ってきょろきょろしていると、後ろの方を指さした。そこには長いカウンターがあり、何人かが思い思いに立ったまま書き物をしている。中には辞書を引いている人もいる。つまり其処が試験場だったのだよ。書きながら話をし、注意を受けている人も居た。
確か表裏で36問あったと思う。ただチェックするだけだから適当にチョンチョンとマークして試験官の窓口に持ってゆくと、受付がテンプレートの様な物を乗せて採点する。其処でね、試験官が鉛筆を動かして意味ありげな動作をしたんだが、その時はなんだか分からなかった。が、どうやら「此処が間違っているぞ、見ない振りをするからすぐに直せ」と言うことらしいと、これは後で気づいたこと。

間違いは5問までなのに、6問間違って、結局不合格。さて、どうするかな、と思っていると、も一度列に並べと云う。また10ドル払うと今度は別の試験用紙を呉れる。今度は要領が分かったからね。今度は2点間違って何とか合格、と言うところだ。更に驚いたのは、「実地試験を今やるか」と聞かれたことだよ。その時はさすがに狼狽えて、
来週にしてほしいと頼んだのを覚えている。

アメリカには練習場が無い。だから実地試験と云うのは日本でいう「路上」なんだ。それからというものは、友人を助手席に乗せてdmvで実地試験の実地検分だよ。dmvから出てくるそれらしい車を追いかけて、どの道を使ったか、どこで車線を変更したか、どこでスリーターンをやったか、とつけ回した。
ある時、思いもかけないところで試験車が停車したので、友人が「変だなこんなところで止まる筈がないな」と云っているうちに、まことに偉大な黒人女性の試験官が降りてきて、いきなり我々の車目がけて走って来たと思ったら、大声で「後ろをつけてきてはいけない。すぐ帰れ」と怒鳴りつけられた。どうやら下手な尾行だったらしいんだよ。友人はびっくりしてね。「これはまずい、試験の時は車を変えよう」といっていたがアメリカはそんなに、せせっこましい事は云うまいと、最後まで同じ車でやり通したがね。

さて、実地試験の当日だ。試験官は白人の女性で年輩の静かな人だったので大変ほっとした。
先ずdmvの中の100メートル程度の塀に沿って、バックを試される。これも予行演習に入っていたので問題なし。
すぐに路上に出ろというんで、やむなく覚悟して一般道路に出る。後は試験官の命令のまま。此処で車線変更をしてくださいますか。恐れ入りますが右に曲がってくださいますか。あまりにも丁寧な、悠長な英語で話すので、どうするのか早く云ってくれ!と焦ったよ。でもその都度「yes sir」でご機嫌を損ねない様に必死だった。でも今考えると「yes mam」だったかなあ。

狭い信号のない道で左折を要求されたとき、前に黄色線がある。此処で忠実に停車したところ、危ない!と6点減点。実は先生である友人が此処は止まるんだ、と教えたのが間違いという訳だ。でも結果として92点。 good driver !と試験結果になぐり書きしてポンと肩を叩いて呉れたのは嬉しかったね。

話は此処からなんだ。その友人はgood driverだから用が済んだとばかりその場で帰ってしまったんだ。確かに正式のアメリカ免許を取った人間にそれ以上面倒を見る必要がない事は確かだね。でも、辺りは暗くなるし、10数時間の運転歴で、然も一人で運転したことが無いので、途端に恐怖心が沸いて来た。

でも運転して帰る以外に方法は無い。ままよと動き出したが考えて見ればナビゲータが居ないので道が分からない。片方3車線の一般道は中央が高くなっており、中央分離帯が道の端に見える。左折(日本の右折)して前方を見ると、煌々とライトをつけた対向車が迫って来る。つまり対向車線に入ってしまった訳だ。あわてて左脇のガソリンスタンドに飛び込んだり、ぐるぐる同じ道を走ったりして、帰りついたのは夜の12時だった。なんと5時間近く、自分のアパートを求めて運転していたことになる。よく生きていたものだね。翌日、会社の告知版に小生が運転を始めたので近づかない様にと張り紙が出ていた。これも強烈なアメリカジョークだな。

この話には更に後日談がある。たまたま日本に帰ったとき、運転免許センターで書き換えを申請したんだよ。この頃は累計3ヶ月海外に居ればその国の免許を書き換える事が出来た。だから申請をしたんだが、受付では渋ってなかなか出さない。「出せないのですか」と聞くと「いや出しますよ」と云いながら「でも日本は危ないですよ」と言いながら顔を見ている。一体なんだって云うんだ、と云いたくなったが結局更新して呉れて事なきを得たが、書き換えの印紙代の方が免許取得費より高かった。

アメリカでは運転免許は生活の必要条件であり、だから試験官がそっと間違った所を教えて、取れる様にして呉れる。日本では、ご存じの天下りの既得権とやらで取れないように、金が掛かる様に計らう。会社の仲間からは50万円-1500円(当時の為替相場で10ドル)の差額を吐き出せと攻められたり、散々な思いをしたよ。

(ゴキブリが聞いていても無茶苦茶な話だと思うよ。ではまた来週。)

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ごきぶり日記

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